【インド旅行記9】 バラナシの街を抜けてガンジス河のガートへ。火葬場のすぐ横で沐浴する子供たち

バラナシの路地裏と火葬場

ヒンドゥー教の聖地バラナシを歩くと、ガンジス河に辿り着く前にも様々なものが目に飛び込んできます。

路地裏を抜けてガートへ

車を降りて路地裏を歩き、ガンジス川へ降りるガート(川岸にある沐浴用の階段)へ向かいます。聖地バラナシの中でも特別な、聖なる川ガンジス(ガンガーとも)に近づく場所です。
はっきり書くと、牛がごみをあさり、道にはフンが散乱する非常に汚い場所で、ガンジス川には下水も流れ込んでいます。最も神聖であるはずの場所が最も汚いのは、インド特有のことかもしれません。

バラナシの野良牛

▲バラナシの野良牛

また、牛はシバ神の乗り物とされていますが、ただ殺されないというだけで、特別大事にされているわけではありません。実際、ミルクが出なくなると捨てられて野良牛になるそうです。

バラナシの路地裏では、骨が浮き出て痩せ細った牛たちが争ってごみをあさっていました。インド旅行をしていると、見たくもないものがいろいろ目に飛び込んでくるのですが、何の遠慮もなくありのままを見させられると、見ようが見まいがそれはそこにあり、普段自分が見ず、ただ忘れているだけなのだと気づかされます。

バラナシの野良牛

▲バラナシの野良牛

火葬を待つ遺体

路地裏を歩いていくと、ガートに降りる手前に車が停まっており、その脇を通り抜けようとすると、屋根の上に担架にくくりつけられた遺体がありました。むき出しではなく、きれいな布でくるまれているのですが、いきなりなので面喰いました。

インドでは、人が亡くなるとこうして車に積んで運び、ガンジス川の河原で火葬されます。その後はお祈りを経て、灰と骨はガンジス川に流されます。話には聞いていましたが、こうもあっけらかんと見せつけられると言葉を失います。

火葬の前には最後の沐浴があり、遺体を担架のまま水中につけてすぐ上げます。その後は階段に置かれて順番待ちをし(乾かす意味もあるのかもしれない)、荼毘にふされます。最後の沐浴の場面も実際に見ました。

火葬して川に流してしまうため、インドにお墓はありません。まず火葬してしまい、家に帰ってから葬式や弔いをするそうです。

河原で行われる火葬の様子

薪を積んだ上に遺体を担架ごと乗せて、火をつけ焼いていきます。あたりには何とも言えない静けさが漂っていました。

この場所では、上流に下層階級の火葬場、下流に上層階級の火葬場があり、下流のものは24時間遺体を燃やし続けているといいます。雨の日も屋根のある場所で行うので、一説には、3000年も火が絶えていないと言われます。

火葬してガンジス河に灰を流すのは、輪廻からの解脱を意味するそうで、十分に人生を生きていない子供が亡くなると火葬せず、四角い石にくくって水中に沈めるのだそうです。ガンジス川の川底には、おびただしい数の子供の白骨が積み重なっているのでしょう。

火葬の費用は2500ルピーほど(約5,000円)。予算が足りないと充分な薪を買えず、最後まで火葬することができないそうです。その場合でも遺体は母なるガンジス川に流されます。

そんな川の、火葬場のすぐ横で、現代の子供たちが泳いで遊んでいます。生も死も、古代も現代も一緒くたの場所と感じました。

バラナシのガンジス河
▲ガンジス川の河原にある火葬場(写真撮影は禁止だが、遠くからなら許される)

ガンジス河で遊ぶ 泳ぐ子供たち

▲ガンジス河で遊ぶ子供たち

その川で、火葬場のすぐ横で、現代の子供たちが泳いで遊んでいます。生も死も、古代も現代も一緒の場所と感じました。

ボートに乗ってガンジス河の水面へ

火葬場の脇から手漕ぎ舟に乗って静かな川面を進むと、何とも言えぬ厳かな雰囲気があります。火葬場は撮影禁止で、それを知って、火葬場の写真を売る売り子がいます(遠くからなら多少の撮影は許される)。
ボートに乗ってガンジス河へ
▲ボートに乗ってガンジス河の川面へ

静かな川面を進む小舟と、河原で燃える赤い炎。きっと数百年前から変わらぬ風景なのでしょう。乗っている私たちも自然と無口になりました。

ガンジス河の寺院
▲日の入りのお祈り、アールティが行われる寺院

一旦通り過ぎて戻り見学しました。

ガンジス河の火葬場
もうひとつの火葬場が見えてきました。岸辺にはやはり、遺体を焼く炎が見えます。

手前にある柱を超えたら写真は撮らないで、と言われました。

ガンジス河の火葬場
▲火葬場の炎

火葬場の脇から岸に上がると、ところ狭しと薪が積まれている中、担架にくくりつけられた遺体が並べられ、火葬の順番待ちをしていました。

毎日行われる、アールティのお祈り

2つの火葬場の間に2つの寺院が並び、日暮れ前から静かに祈りの声が上がります。そして、いよいよ日が沈むとお祈り(アールティ)が始まり、数名の僧が登場してお祈りの大合唱が行われました。

最後までは見ませんでしたが、30分から1時間ほども続くのでしょう。毎日、雨の日も風の日も、日の出と日の入りの際に祈りは行われます。大量の人々がガートに集まり、観光客を乗せた船が水上からその様子を見ます。チャイや水を売る子供達が、船から船へと移動していました。

ガンジス河のアールティ

大渋滞を抜けて、ホテルへ

アールティの様子をしばらく見た後、上陸してホテルへ帰りましたが、この道が大変でした。

交差点は混乱の極みで、周囲は熱気とクラクションの音で包まれていました。夜になっても蒸し暑く、車、バイク、牛、ヒト、自転車、三輪車、オート三輪が入り乱れ、車に辿り着くまで大変でした。

ようやく乗り込んだものの、車など走れないだろうと思ったが、何だかんだいって発進し、接触事故も起こすこともなく帰ってしまうのはさすがにベテランドライバーと言うほかありません。

危険ではないのかと聞くと、人も車も動物もいて、スピードが出せないからすぐ止まれる。だから危険じゃない。何もないところほど、スピードを出すから危ないんだよ。とこともなげでした。彼らにとっては日常の光景なのでしょう。

→夜明けのガンジス河で水面を行く。。

 


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